福島原発の事故による放射能もれの心配が後をたちません。「大丈夫だけど、念のためこうしなさい」という発表が、不安をつのらせます。確実にわかるのは、原子力発電は安全といわれてきたことが、間違いだったということではないでしょうか?
さりとて、今原発をすべてやめてしまうのは、現実的ではないけれど、他の方法にシフトしていく必要はあると思います。節電、LED電球に換えることくらいしか思い浮かばないのですが、節電とて限りがあります。LED電球については相当前から興味をもって調べているけれど、調光器がついていると駄目とか、密閉型には使えない、使えたとしてもそういうものは高価だったりして、現段階では制限が多すぎます。
うーん?と思っていたら、mixiのマイミクさんが興味深い記事を紹介していました。
「新しいエネルギーの未来」
これを読んでいると、「何だ原発に頼らなくても大丈夫そうじゃん」という気になってきます。それどころか「原発は企業の利益のため」なんじゃないかと思えてきます。「日本は突然優れたものがでてくると、全体の利益が減るのでたたきつぶそうという傾向がある」とありますが、かつてのビデオテープが品質的にはすぐれていたβでなくVHSが主に使われていたのも、そういうことに近いように思います。
「家庭の電気料金というのは省エネを進めるために、使うにつれて単価そのものが高くなるようになっているんです。それに対して、事業系の電気料金は使えば使うほど安くなる」と冒頭にありますが、私などは家庭の電気が単価が高くなるのは知っていたけれど、企業が安くなるなんて知りませんでした。つくづく日本って企業よりなんだなぁと感じます。
この記事を全面的に信じていいかはわかりませんが、少なくとも、前からエネルギーについていろいろ考えていた人はいて、それが企業の都合で日の目をみなかったということは、信じてよさそうです。
この地震の経験を無駄にしないために、もう業界の中だけのことを考えるのはやめにして、地球規模で考えていかなければ、と思います。
イラストレータのまろさんが、14日の16:59に天に召されました。享年36歳、あまりにも早すぎる死です。
昨日、最後のお別れをしてきました。
「私のことで悲しまないで みんな楽しく生きてね」
が最期のメッセージ。もっとわがままでいいのに、もっと自分のことだけ考えればいいのに、最期まで人のことを気遣っていましたね。
4回の個展、5年間続いた共同のカレンダー作成、大変だったけど楽しかったね、まろさん。
去年の11月のチャリティのときは、誰にも知らせずに突然初日にあらわれて、みんなを驚かせたっけ。
もうこんなことはできないのは、とてもとても残念です。
でもね、家に帰ると、玄関にも、リビングにも、廊下にも、トイレにもまろさんの絵が飾ってある。食器戸棚をあけるとたくさんのポタリーのお皿とマグカップがある。もちろん私の部屋には、大のお気に入りの「ブタのコックさん」の絵が飾ってあります。
だから、家にいれば、いつでもどこでもまろさんに会えるよ。
いつのまにか増えていったまろさんの作品は、私を励ましてくれる。これからもまろさんの言葉を忘れずに、頑張って楽しく生きていこうと思います。ギャラリーもしっかりやっていきます。遠いところでみていてくださいね。
*まろさんが主催するはずだった、『ぽったりん。3&チャリティぽったりん。』が4月13日(火)~18日(月)に吉祥寺monoギャラリーで開催されます。是非足をお運びください。
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昨日の地震のときは、私は一人で自宅にいました。大きな揺れにもかかわらず、家具や食器が倒れたり、落ちたりしなかったせいか、パニックにならずにすみました。余震も大きく、今までに体験したことのない地震だったのに、ベランダの戸を開けたり、火のもとを確認したり、意外に冷静だった自分にちょっと驚きでした。ただあまりに長い揺れに、気持ちが悪くなってしまったのですが。
家族もギャラリーにいる作家さんたちも無事。ただ作家さんたちは電車がとまって帰れず、ずっとギャラリーにいて、朝帰宅していただきました。そのために今日はギャラリーは臨時休廊と、ちょっとしたバタバタはありましたが、ほぼ何もなくよかったです。
終日放送されているテレビで、まるでおもちゃのように車が、マッチ箱のように家屋が津波に飲み込まれていく様子をみるにつけ、この地震の惨事の大きさに恐怖を感じます。「阪神淡路大震災」のときはどこか他人事のように感じていましたが、今回はあれだけの揺れを体験しているだけに、身近な怖さを感じてしまいます。被災地のたくさんの方の無事を願ってやみません。
電話はほとんど使えず、インターネットのツールであるtwitterやskypeが役に立ったように思います。が、twitterもたくさんのデマが流れ、あふれる情報から、必要なものをさがしだすのが、いつも以上に大変なことと感じざるを得ず、いろいろ考えるところの多い体験のように思います。
それにしても、こんなに大きな被害があった日本なのに、NY市場で円高になるのは、いったい何故なのでしょう?



今週の展示は「灯台もと暗し展」。5人の美大生による、普段見落としがちなことをテーマにしたグループ展。今日(12日)明日(13日)は臨時休廊しますが、月曜からは開催します。是非お越しください。3月15日迄。
今世間を騒がせている「カンニング」騒動、これにはちょっとした違和感を感じています。
最初は、巧妙な手口で、簡単に身元がわからないようにしてある、愉快犯的なもの?と思ったのですが、真実は意外と単純。単独で行って、ネットをつかったというだけで、従来のカンニングとそうは変わりません。
となると、1回ならともかく、6回も投稿しているのに、試験官は何故気づかなかったの?しかもスマートフォンではなく、普通の携帯をつかっているのに?という疑問がわいてきます。
天下の国立大学、被害届けまで出してしまって、試験監督がずさんなのを世間に知らしめたようで、赤っ恥なんじゃないのかしらん。
そして、そんなことができるなら、例えば、歴史で人名や事件を答えたり、国語で漢字を、試験中に携帯で検索するなんて簡単なこと、やった人いるんじゃないの?なんて思いたくもなってきます。
ネットに関する、試験官側の意識と、受験者側の意識の違いって、思った以上に大きいのかもしれません。
それに、たかがカンニングなのに、このマスコミの騒ぎかたってどお?新聞もテレビも毎日大きくとりあげています。カンニングは確かに悪いことですが、それは不合格にすれば、その場で終わることのはずなのに、騒ぎすぎでしょ。
この騒動を表にだすことによって、何か大切なことをめだたなくしてなければよいけれど・・・